煮る、蒸す、焼く・・・
ごはんを食べるために火や熱を使って調理をすることは、
殆どの人間にとって、生きるために不可欠なごく当たり前の行為です。
日本では、主にガスや電気を使って調理をしていますが、昭和30年代までは薪を使うことも多かったと言います。
薪と聞くと、燃料としては時代遅れの印象がありますが、薪は森林の再生量とのバランスを保って伐採すれば、
何度でも採取できる極めて優れた再生可能なエネルギーです。
現在でも世界人口の約1/3にあたる20億人の人々は調理と暖房に薪を使用していると言われており、
FAO(国連食料農業機関)の調査によると、全世界で伐採される木材のうち、その半分以上を薪が占めています。
しかし、今、様々な地域で人口の急増等による薪の大量伐採が、深刻な森林の減少や砂漠化の一因になっています。
そして、森林の減少や砂漠化が、その地域の深刻な薪不足を引き起こし、それに伴う様々な問題が発生するという悪循環が生じています。
国連難民機関(UNHCR)の報告によると、現在も継続中のスーダンのダルフール紛争から逃れてきたチャド東部の難民キャンプでは、
薪を巡って難民と地域住民の間で衝突が起っています。
また、チャドや、ネパール東部のブータン人難民キャンプでは、薪集めは女性や女児の仕事となっています。
彼女たちは薪集めに伴って彼女たちはその日に使う薪を、何時間もかけて集めなければならず、
薪を探す為に、自警組織や警察の目の届かないようなキャンプから離れた場所まで行くこともあります。
その過程で性的暴行等の被害を受けてしまう事件が多発しており、大きな問題となっています。
国連内での人口分野の中心的役割を果たす国連人口基金(UNFPA)のソラヤ・アフメド・オバイド事務局長は、
各地の難民保護に関して、「代替燃料と薪の提供は緊急に取り組む必要のなる犯罪防止策の重要な手段である」とコメントしています。
また、薪の主な使用者である途上国の貧困層に属する人々の多くは、煙突等の排気設備を持たない住居で薪を燃やす為、
たちこめる煙によって呼吸器に障害を起こしやすいとも言われています。
ごはんを食べるために調理をする。この当たり前の行為に実に大きな犠牲が払われています。
薪に替わる、安価で、環境負荷が小さく、誰もが利用できるものはないか?
この問題に対する一つのアプリーチとして、ある一つの優れた発明品が注目されています。
薪のような燃料を必要とせず、安価で、容易に作ることができ、煙もCO₂も出さない調理器具。
しかもその調理器具は200年以上前に発明され、長年人々に忘れられてきたと言うから驚きです。
その発明品の名は、『ソーラークッカー』。 今、この発明品は世界中で急速に普及つつあります。
■ 太陽の力で調理する ー ソーラークッカーの普及 ー
ソーラークッカーは、鏡などで反射した太陽光を一箇所に集め、その熱で調理をする道具です。
スイスの植物学者ソシュールによって約240年前に発明されましたが、1970年代まで、その存在は殆ど知られることはありませんでした。
ソーラークッカーの利点は、太陽光をエネルギー源とする為、調理に燃料が不要であるという点、
そして、実にシンプルな技術であるために、高価な材料や工業力を必要とせず、容易に作ることができる点にあります。
最もシンプルなタイプのソーラークッカーならば、アルミホイルとボール紙、そしてビニール袋さえあれば誰にも作ることができ、製造コストも安価に抑えることが可能です。
ソーラークッカーの利用によって、薪の使用による森林減少や砂漠化の軽減、女性の薪集め労働の軽減、煙による健康被害の減少が期待できます。
また、飲料水の安価な殺菌手段としてもソーラークッカーは有効です。
現在、中国、チベットでは約20万台、インドでは約50万台のソーラークッカーが使われていると言われています。
また近年、薪が切実な問題になる各地の難民キャンプの多くで、世界中のNGOの手によって、ソーラークッカーの普及が進んできています。
残念ながら、ソーラークッカーが薪をめぐる問題を全て解決できる訳ではありません。
ソーラークッカーが利用できるのは、太陽が出ている時間しか利用できませんし、使用できる地域もある程度限られてきます。
また、高性能なソーラークッカーは高価になってしまいます。
それでも、ごはんを食べるために調理する、そんな当たり前の事を当たり前に行える世界の実現に、ソーラークッカーが一役買いつつあるのは事実です。
そんなソーラークッカーですが、その最大の魅力は、それが実にシンプルな技術であるという点であり、急速に世界に普及しつつある理由でもあります。
シンプルであり、誰にとっても安価で、その原理を理解しやすい。
難しい知識や特殊な工具がなくても、光を反射する材料さえ手に入れば、試行錯誤次第で誰にでも自分の環境に合ったオリジナルのソーラークッカーを作れるのです。
これは、現在は国際社会の援助によってソーラークッカーを手にしている途上国や難民キャンプの人々が、
近い将来、援助ではなく、自らの手で自分達の為のソーラークッカーを作っていく可能性があるという事であると思います。
援助ではなく、自分のたちの手で自分たちを助ける手段を作っていく。
もしかしたら、それが自信となり、貧困に伴う問題解決への次のステップへと繋がっていくかもしれません。
自動車やクーラー、携帯電話など、私達の生活の中にはハイテクなモノがたくさんあります。
20世紀は、技術の進歩によって次々とハイテク製品を生み出し、私達の生活を実に便利にしてきました。そして、これからもそうあり続けるかもしれません。
その一方で、今、様々な地域で、ソーラークッカーのような、誰もが利用できるシンプルな技術が徐々に見直されつつあるようです。
自転車や人力を利用したポンプ、非電化家電 etc....
温暖化や産業廃棄物問題など、私達の生活を便利にしてきた様々なハイテク製品の負の面との対峙を余儀なくされている現在、
ソーラークッカーのようなシンプルな技術は、21世紀の技術の一つの在り方を示唆しているのではないでしょうか?
【参考資料/INTER PRESS SERVICE http://ipsnews.net/news.asp?idnews=32522,
/International Solar Cookers Conference http://www.solarconference.net/ 】
TEXT BY K.A