数年前よりTHE MAGAZINEでも『ボリビア水戦争』記事などで紹介しているが、
水にまつわる、我々の認識をさらに深めた映画が今年の始めに、やっと日本でも封切りされた。
もうすでにあらゆるメデイアに取り上げられて、一般の多くの人々がこの現実に対しどう受け止めどう行動すべきか考え始めている。
タイトルの意味は、ブラック・ゴールド(石油)との対比で、これからは石油よりも水を巡る争いの時代になるという。
人間が生きるために必要な飲み水は、一日一人当たり2リットル程度。
洗濯や洗顔が出来、最低限の衛生的な生活を送るためには、1日10リットルの水が必要と言われている。
これはちょうど『バケツ一杯』の分量であり、大げさでもなく、命の基本単位とも言い換えられほど深刻な問題。
ちなみに、日本人一人が1日に使用する生活用水の平均使用量は約250リットル(バケツ25杯分)。
多くの日本人としては、ごく当たり前のように無意識に毎日大量の水を使用しているのが現実。
そこには、マスメデイアが大体的にこのような厳しい現実の情報を流していない事で、世界から比べても、あまりにも無知過ぎるのもあるのだろう。また、日本は年間降水量も多く、水に恵まれた国なのも意識を募る事が皆無。その現実はこんな事になっている。
1日の水使用量(一人当たり)が30リットル以下という国が世界には約40カ国もあり、世界では5億人が水不足で苦しみ、
国連機関の報告書によると、安全な水を飲めない人は、約8億8千万人。
人口増加や温暖化の影響で使える水の量に一定の制限がある「水ストレス」を受ける人は、2025年に30億人を超える可能性があり、
さらには2050年にはその人数が40億人に上ると言われている
ただ、なぜ、これほど水が不足しているのだろうか?
地球上にある水の総量は推定約13億5000万立方キロメートル。しかし、そのほとんどは海水のため、飲み水に使用は出来ません。
淡水は、水の総量の2、5%程度しかなく、このうち約70%が南極や北極で凍っています。
凍っていない淡水の多くは地下水ですが、その半分は地中深くにある為利用できません。
この為、人間が利用できる淡水は、浅い層にある地下水と川や湖の水だけなのです。
さらに、それらも汚染されている可能性が高く、実際に人間が使用できる水は地球上全体で0,01%です。
地球上の水の総量を1、5リットルのペットボトル1本分に例えると、人間が使用できる水はわずか"目薬1滴分"。
しかもその水は地球上に偏って存在している。
人口増加や、地球温暖化の影響で、水不足はさらに加速を増し、深刻になると考えられており、映画の真理や提唱しているメッセージとしても、
"目薬1滴分の水"を奪いあう、紛争や戦争が起こる可能性も高まっている
ただ、残念な事に、既に他国では勃発している事実もある。
その一番の原因としてあげられるのが、人類の共有財産であるはずの「水」が、商品として扱われ、莫大な利益を生み出すものとなった事。
そこに目をつけたのが、多国籍の大企業。
本来公共であるはずの水道事業が、各国のトップに働きかけ国有化から民営化されてしまった。
その筆頭がフランスやイギリスの企業。
そして世界銀行までが、途上国の債務負担軽減と引き換えに、水道事業の民営化を迫った。
アルゼンチン・ブエノスアイレス、プエルトリコ、インドネシア・ジャカルタ、チリ・サンティアゴ・・・
そして、途上国だけでなく、アメリカ・ニューヨーク、シカゴ、ピッツバーグ、ラスベガス、ニューオリンズ、シアトル、グランドキャニオン、ヒューストン、アトランタ・
しかし、問題はすぐに生じた。
煮沸しなければ飲めないというほどの水質だったところもあるという。
それが現代のアメリカ・アトランタでの出来事。
こられの中には、多国籍企業と各国の政治家との癒着の問題もある。
アフリカ・ケニヤでは、水道水は飲めず、コカコーラ社が独占し、ペットボトルの水を販売している。
そして、この水は同量のコカコーラよりも高価なもの。
多国籍の大企業はこうした水の販売や、海水を淡水化出来る装置や工場に投資する。
その筆頭が、GE(ゼネラル・エレクトリック)
その次に、P&Gやダウケミカルが続く
これらの工場を保有する持ち主=大企業が水を製造し、支配しようとした。
しかし、その辛い現実に対し希望が見える行動も出てきている。\
それは、各国の市民は立ち上がり、アメリカの5大湖で取水を行う、ネスレに対して住民は団結し、公聴会へ持ち込んだ。
カナダの当時6歳だったライアンは、学校の慈善プロジェクト発展途上国の為の募金で、井戸があれば死ぬ人が少ないと聞き、井戸を買って寄付しようと試みた。
家の手伝いをすれば駄賃がもらえることになり、4ヶ月で70ドルを貯めた。
井戸のプロジェクトを推進する団体に持っていくと、実際には2000ドルが必要だった。
そこで彼はスピーチを行い、「ライアンの井戸財団」にまで発展。
200万ドルもの募金を集めて、266のプロジェクト、50万人を救ったといわれる。
そして、何度も記事で取り上げているが
南米のボリビアでは、世界銀行が融資を拒否し、政府に対して水事業売却を迫り、ボリビアの水の価格は高騰した。
ボリビア国民は怒り、立ち上がった。
農民、工員、分け隔てなく一般の市民は団結し、抵抗運動が組織化されて勢力を広げていった。
政府は、軍と警察を動員し事態を沈静化しようと試み、水道会社の法的安全を保証した。
これまで世界銀行は医療や教育などのあらゆる分野の民営化を迫ったが、遂に水となった時、国民は断固拒否を示した。
一時は内戦の様相を呈し、100人以上が銃で撃たれ、多くの人が拘束され、17歳の少年は頭を撃たれ死亡した。
それでも国民は必死に抵抗し、遂には水道会社は追放された。
ボリビアの一般市民が、多国籍の超巨大企業を糾弾し、勝利した。
その後、一般市民を代表した男性がアメリカ・ワシントンでスピーチをした。
「水と空気は私達のものです。人民の力だけが世界を変えられます。社会を変えられます。人々の団結の力です。権力の前に人民が立ちはだかることです」
只、こうした希望も少し見え隠れはするものの、まだまだ水問題の事例は氷山の一角であり、抜本的な解決には至らない、
同時に水の問題を境に様々な分野にも影響は肥大し始めている。
世界の水紛争の多くは、国際河川の流域で発生してきました。国をまたぐ国際河川は、世界中に263本あり、国土内に国際河川が流れる国は143カ国。
国際河川の上流にある強国が思いのままに水を使うと、下流国の大きなストレスを与え、再び紛争の原因になる不安定状況には変わらない。
日本には国際河川はなく、すべての河川が国内で完結して海に流れ込んでいて、日本がこの水紛争に巻き込まれる可能性は低いが、水紛争や水不足は、別の形で日本における生活の影響は及ぼします。
日本の食料自給率は40%で、残り約60%の食料を海外からの輸入に依存しています。ところが近年、輸入元である米国、中国、豪州等で水不足が進み、穀物の収穫量が減少しています。
食物を育てるには大量の水が必要であり、日本は世界中から食料と言う形に変えた大量の水を輸入しています。
従って、水不足の深刻化は穀物等の収穫量減少をもたらし、結果的に日本の食料問題に影響を与える。
この水問題を解決していくには、水だけでなく食料問題やエネルギー問題等の視点も加味し、3つのバランスをとった施策を考える必要あり、
また、水問題では浄水の確保とともに下水処理も必要不可欠であり重要です。
水は石油等の化石燃料と違って枯渇する事はなく、汚れても地球上を循環しています。
それゆえ、我々一人一人が水を汚さない努力を重ねるとともに、限られた水資源の循環方法を確立する
『持続可能な社会』の構築が急務となってきているのでしょう。
政治も経済も、食料も貧困も、教育も福祉も、環境も結局全てが我々に関わっていて、最終的に「全ては繋がっている」
人も、動物も植物も、自然も、空気も、そして宇宙も全て。
我々が出来る事は、まず、膨大なフラット化されている情報網からかき分け真っ当な価値観を持って事実を知る事、
そして日々の日常から、何か一つでも行動に移す事から始まる、いや、始めなければならない。
text HM