「新たなマーケティング戦略」
当り前の様に使っているインターネット上の情報検索サービス、インターネットショッピング、インターネットバンキングなどなど、これらのネットワークサービスは、最近「クラウドコンピューティング」と言う新しい言葉で呼ばれている。
クラウドコンピューティングとは、コンピュータ企業がここ数年提唱している概念を説明するのに用いられる、新しいマーケティング用語。クラウドコンピューティングでは、前述のネットワークサービスに止まらず、演算能力の大半(時にはデータも)とストレージ(ハードディスク)までもが、Google、Microsoft、Amazonなどの、企業が管理するサーバに移されることになる。クラウドコンピューティングの典型例は、Googleが提供するGmailだろう。
「利点」
これらのクラウドコンピューティングでは、ITがサービスとして提供されるが、ユーザーはITの専門知識や技術を必ずしも必要としない。ユーザーが入力したデータはすべてインターネット上のコンピューター(世界中に分散された)に保存され、処理が行われ、その答えがユーザーへ返ってくる。したがって、インターネットに接続できる通信設備とパソコンさえあれば、ユーザーはデータ処理に必要なソフトウェアを手元に置いておく必要もない。
これ迄は、コンピュータ(ハードとソフト)とデータを、自分自身で管理していたのに対し、クラウドコンピューティングでは「ユーザーはインターネットの向こう側からサービスを受け、サービス利用料金を支払う」形となる。
また、「ネットブック」と呼ばれる安価なパソコンが売れているのは、こうしたサービスが主流になりつつある証拠でもある。家電として捉えると高価だったパソコンも、最低限の機能を搭載したこれらのネットブックであれば、5~6万円という安さだ。
「警告」
この様に、一見便利で簡単、初期投資も抑えられる「次世代のIT」というイメージだが、誰もがクラウドコンピューティングを気に入っているわけではない。フリーソフトウェア財団(FSF)の創設者、Richard Stallman氏は、クラウドコンピューティングなど「愚かな考え」であり、いずれベンダーロックイン(特定企業の独占)やコストの急増につながると指摘している。
「コンピューティングは、自由を尊重するプログラムを使って、自分のコンピュータ上で行うべきだ。他人のウェブサーバを使ったりすれば、無防備な状態になる。ソフトウェア開発者の管理下に置かれたも同然だ」
「『クラウドコンピューティングへの流れは必然的なものだ』と言う人がいる。仮に誰かがそう言っていたら、それを実現しようとする企業のキャンペーンである可能性が極めて高い」と Stallman氏は警告している。
「懸念」
特に企業の場合、システムやサーバを自前で保有し、修正(カスタマイズ)や変更ができる場合と比べると、同業他社との差別化は難しい。また、基本的にはすべてのデータがクラウドに集約されるため、クラウド提供側やネットワークの障害、あるいはクラウド提供側の倒産やサービス終了などで、クラウドのサービスが使用できなくなる恐れもある。
更に、クラウドによる集中的なデータの管理は、銀行、ビジネス、医療などの個人情報を含む顧客情報や経営情報の流出リスクも高く、更にはクラウドに依存的になり「利用する事で収益を上げ、中毒症状にさせることで、ますます顧客を増やせる」という開発者らの発言のとおり、依存度が高まれば、通信不能が営業不能に直結するという事態を引き起こす可能性も、決して低くは無い。
「新たな可能性」
更にクラウドは、その破壊や政治的利用など存在自体が極めて大きな危険性をはらんでいる。最も重要な人権の一つ「プライバシー」の面からも、利便性と引き換えにクラウドにどこまでの支配を許すかは、非常に難しい選択だ。人が自分の記憶以外に情報を記録・保存するようになって久しい。膨大な情報群という名の「雲」の向こう側には、はたして太陽の光は輝いているのだろうか。
TEXT BY K.W