最近、ウォーキングをされている方をよく目にしますね。
人間にとって最も基本的な動作の一つである「歩く」ことは、誰に教わらなくても自然にできるようになります。
しかし、その「歩き方」は文化によって大きく異なるそうです。 注意深く観察すれば「歩き方」でその人がだいたいどこの国の人か判る、と言う人もいます。
そして近年、様々な人の研究によって、私たち日本人の「歩き方」に関して興味深いことが明らかになってきました。
日本人が普段、何気なく歩いている「歩き方」が、実は明治以降に日本の近代化に伴って欧米より輸入された「歩き方」であり、
明治以前の日本人は現代の日本人とは異なる「歩き方」をしていたと言うのです。
果たして、私たちのご先祖はどんな歩き方をして、どうして歩き方を変えたのでしょうか?
■ 洋式歩行
私たち、現代に生きる日本人の歩き方は、洋式歩行と言われるものに分類されるそうです。洋式歩行とは、背筋をまっすぐに伸ばし、手を足と逆に振り、膝を曲げず脚を伸ばしてカカトから着地する歩き方です。最も特徴的な洋式歩行は、軍事パレードなどで見られる兵隊の歩き方でしょう。洋式歩行では、骨盤を左右に回すことで歩幅が大きくなります。この骨盤の旋回により、腰を中心に上半身と下半身でねじれが生じ、そのねじれを調整するために手が前後に振られます。また、手を振る反動が推進力にもなります。
この歩き方は、乾燥した平地を素早く歩く場合、極めて合理的な歩き方だそうです。
■ 和式歩行
それでは、現在の私たちの歩き方である洋式歩行以前、日本人はどんな歩き方をしていたのでしょう?
洋式歩行以前の日本人の歩き方は、諸説ありますが、「ナンバ歩き」と言われる歩き方が一般的だったのではないかと考えられています。
洋式歩行との違いに注目すると、洋式歩行が身体のねじれと共に手を振る歩き方をするのに対し、「ナンバ歩き」は身体をねじらず、右半身と左半身を交互に前進させる歩き方をします。また、洋式歩行が背筋と脚をまっすぐに伸ばし、カカトから地面に着地するのに対し、「ナンバ歩き」はやや前傾姿勢をとり、膝を曲げたまま、つま先から踏みしめるように着地します。
曲げた膝がサスペンション代わりとなるため、この歩き方は坂道や山道、泥地などの不安定な地面では極めて安定した歩き方となるそうです。国土の70%が山に囲まれ、水田で稲作を行ってきた日本人にとって、ナンバ歩きは合理的な歩き方であったことがわかります。
また、「摺り足」による歩行も行われていました。主に武家においては、伝統的に「摺り足」が主だった歩き方だったようです。
膝を曲げて歩く「ナンバ歩き」は、脚を伸ばして歩く「洋式歩行」に比べて脚の動きが小さくなりますが、「摺り足」では下半身の動きがさらに抑制されたものになります。これは、椅子を使う西洋の室内空間に比べ、床に座る日本の室内空間では目線の位置が低いことに起因すると考えられます。床に座った客の目線からは、脚の動きは最も目立つものになります。そこで、相手に礼を払うべき場面では、脚の動きの小さくなる「摺り足」が行われたようです。そう考えると、「摺り足」は日本的美意識の伴った歩き方であると言えるでしょう。
和式歩行は、日本人の住む環境に適した合理性と美意識を持った歩き方だったようです。
■ 富国強兵と洋式歩行の導入
明治時代を境に、日本人はそれまでの和式歩行から洋式歩行になっていきます。その背景には、着物から洋服へ、草履や下駄から靴へ、と言ったように日本人の生活が洋式化していったこともありますが、最も大きな原因として、富国強兵を目指した明治政府による軍隊の近代化政策があったようです。
明治政府は、明治6年(1873年)に徴兵令を公布し、多数の農民からなる軍隊を造り上げようとします。
しかし、明治10年(1877年)の西南戦争において、圧倒的な兵力を誇るはずの政府軍は、元薩摩藩の武士たちからなる薩軍に苦戦することになります。この苦戦を重く受け取った明治政府は、明治12年(1879年)に陸軍大演習を行い、軍隊の近代化の為のデータを取りました。その結果、徴兵によって集められた農民兵たちは、洋式の軍隊には不可欠な、行進、駆け足、迅速な方向転換、ほふく前進といった運動ができないことが判明したのです。考えてみれば、これらの動きは稲作を生業とする農民にとって必要のない動きであり、できなくても不思議ではありませんし、それまでの和式歩行にはあまり向いていない動きでもあったようです。
欧米列強に対抗できる近代化された軍隊、つまり洋式の軍隊を必要とした明治政府は、彼ら農民兵に、行進や駆け足などを可能にする「洋式歩行」を徹底的に叩き込もうとしました。しかし、「歩き方」という身体に染み付いた動作をいきなり変えるのは難しく、政府は相当苦労したようです。そこで、明治政府は義務教育に洋式歩行や行進の習得を意図した兵式体操を取り入れ、子供たちの身体に洋式歩行をしみ込ませていきました。現在でも、小学校の体育の時間で習う「前にならえ」や「右向け右」は、明治時代の兵式体操の基本的に同じもののようです。私たち現代日本人も、明治時代と同様に、知らない間に小学校で「洋式歩行」を学んでいたと言えるかもしれません。学校教育への洋式歩行の導入以後、「ナンバ歩き」や「摺り足」は急速に姿を消していき、昭和になる頃には人々はかつての歩き方を忘れつつあったようです。
■ 現代日本人の歩き方
洋式歩行になり、和式歩行を忘れてしまった私たち、現代日本人は一体どういう歩き方をしているのでしょうか?
現代日本人の歩き方の特徴として、膝を曲げて歩く、前屈みで歩く、カカトを引きずる、等が挙げられると思います。
私たちの歩き方は洋式歩行に分類されますが、正確には崩れた洋式歩行と言えるかもしれません。どうやら、現代日本人は、洋式歩行を完全にはマスターしきれていないようです。多くの研究家は、現代日本人は洋式歩行を完全にはマスターしきれておらず、その歩き方にはかつての和式歩行の名残りが多く現れていると考えています。そして残念ながら、この現代日本人の歩き方を、美しいと感じる人は少ないのではないでしょうか? それは、洋式歩行、和式歩行どっちつかずで中途半端であるが故に、それらが持っていた合理性や美意識を失った歩き方だからかもしれません。しかし、現代日本人の歩き方に和式歩行の名残りがあるということは、私たちの身体はまだ和式歩行を失ってはいないと捉えることもできます。現代日本人の身体には二つの歩き方が宿っているのです。また、洋式、和式に関係なく、合理性や美意識を持つ、マスターされた歩き方はやはりそれぞれに美しいと思います。
近年、健康法としての歩行が注目され、正しい洋式歩行をマスターしようとする人が増える一方で、古来のナンバ歩きが見直され、スポーツなどの分野で復活しつつあります。私たち現代日本人は、その身体に秘めた二つの歩き方をいずれもマスターできる素質を持っています。もしかしたら将来、多くの日本人が状況に応じて、二つの歩き方を使い分け、美しく歩く日が来るかもしれませんね。
text by K.A