「麗(うるわ)しい」「潤(うるお)し」という言葉を語源に持つ「日本の漆(うるし)」。
磁器を「china ware」と呼ぶ様に、漆器は「japan ware」と呼ばれ、日本を象徴する工芸品として、その評価は非常に高い。
幾度となく研かれた光沢と、深みのある陰影。
鏡のように映り込むほど滑らかな漆黒が艶めく様は、日用品と言うよりは芸術品に近い。
ライフスタイルが刻々と変化する歴史の中で、時代を超えて愛されてきた漆器。食器としてはもちろん、文庫(書類を入れる箱)や重箱(弁当箱)など、主に日常生活で活躍してきた、と言ってよい。
そもそも漆器発祥の地は中国、というのが定説であり、漆の木も技術と共に大陸から日本へ伝わったと考えられてきた。
ところが縄文時代の遺跡から、中国製の漆器をはるかに上回る約9000年前の縄文前期製(縄文時代の漆器は「朱」のみ。
黒い漆器は弥生時代以降)の漆器が見つかったこと、更に漆の木のDNA分析の結果「日本のウルシの木」は日本固有種であることが確認された。
このことから、漆器の日本起源説が主張されるなど、漆器のルーツについては今なお議論が続いているという。
この種の話は専門家に委ねるとして、古くから日本はもとより中国、朝鮮半島、東南アジアにおいて、広く漆器が作られ用いられてきたことは周知の事実であり、漆器そのものはアジアを代表する工芸品と言えるのではないだろうか。
また、その色彩も様々で、朱漆とか緑漆などもあるが、やはりつやつやした黒漆の光沢が印象深い。
特に「漆黒」という表現ができたのは、そんな理由からであろう。
また、漆の成分である「ウルシオール」にアレルギーを持つ人は、漆の木のそばを通っただけでも被れる事があるのだが、そのことからも漆には、邪悪なものを寄せ付けない力がある、と考えられてきた。古来人々の魔除けとして漆が重宝されてきたのも頷ける。
更に、黒い漆器には金がふさわしいと最初に考えついたのは中国人だそうだ。かのココ・シャネルも「黒に最もあうのは金である」と言っている通り、黒の中に金色が輝く様子は神秘的ですらある。この高貴な美意識は、時空を超えて現代の私達にも何か大切なことを問いかけている。
それは、艶やかな黒髪のことを「漆黒の髪」と言い、かつては美人の必須条件であったこと。そして現在、ファッションとしてのヘアカラーリングが普及し、黒髪の「大和撫子(やまとなでしこ)」を探す方が難しくなっている、という現実。
明るい色に染め上げた髪では表現し難い、それは深淵で優美な、そして限りなく繊細で、重厚な美意識...。
広くはアジア・オセアニア全域、その中にあって日本の「黒」とはいかなるものなのか...。
漆黒の黒
紺碧の黒
烏の濡れ羽色
日本人のDNAに組込まれた黒を、我々は無意識に意識しているのだろうか。それはまるで宇宙の奥深く、ブラックホールの中心に鎮座しているかの様な「黒」。
パイオニアが開発した「KURO」というプラズマパネルも、そんな無意識の中の黒を追い求めた技術者たちが、やっと辿り着いた答えの一つなのかも知れない。
Text by wk